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うきしま

新・浮島日記

西暦2008年(平成20年)

7月

文中、たまに敬称略で失礼!


7月31日  "Gallery openings in Edinburgh"


後に一時間ほどスタジオで久しぶりに作業する。新しい8インチのグラインダーはよく切れる。しかし、向かいの家が売りに出て、その内覧会が今週末で、あまり騒音たてると売れないかなとちょっと遠慮して、仕事は早めに切り上げる。

きょうは「エジンバラ国際フェスティバル」(8/5開幕)に合わせて、市内のあちこちで展覧会のオープニングだらけ。

てはじめに六時から「タルボットライス・ギャラリー」のアンドリュー・グラッシー「記録としての絵画」オープニング。スーパー・レアリスムのペインティング。最大でも30cmぐらいの彼の絵は、恐ろしい技術でまるっきし写真にしか見えない。なにこれ?!

ハイストリート脇の小さな小路でインスタレーション。

フルート・マーケット・ギャラリー」は「ジャネット・カーディフとジョージ・ビューレス・ミラー」展、サウンドがらみのオブジェ・インスタレーション。結構面白い。

新しい広い場所にメインを移した「イングルビー・ギャラリー」ではケイ・ローゼン「HUEN」、テキストを中心にした作品。私は全く興味がない...。でも、ギャラリー空間は、駅のすぐそばで広くて天井の高い、とてもいいギャラリーだ。ポール・フェルノー、クリスィたちなど、イングルビーではいろいろな人に会えて面白かった。ここはいつもオープニングはシャンペンなので人がよく集まる。

ほかに「エジンバラ・プリントメイカー・ワークショップ」や「エジンバラ・スカルプチャー・ワークショップ」でもオープニングがあったが、街の反対側なので今夜はパス。

かえりにパーティをやっているというライブハウスに行くが、今夜はパーティなしのライブだけ。よく見るとパーティは明日だった。隣のイタリアンで軽く食べて早めに帰る。




7月28日  "Dundee"


インウェル・ホスピタルの彫刻コンペに、ケイトが最終選考に残ったので、ダンディーまで現場を見に行く。

時間指定の安い列車の切符を買ったので、打ち合わせが終わってから午後まるまる時間が余って、ダンディーの町中を散歩する。

「ヘリテイジ・ミュージアム」、ダンディーはイギリスの中で麻産業のメッカとして知られていたのか。麻工場の様子はとても面白かった。


Dundee Heritage Museum

「ダンディー・コンテンポラリー・アート」にも寄って、「アルタアード・ステイツ・オブ・ペインティング」展を見て食事する。ここのレストランはめちゃくちゃおいしい。ふつう、美術館付きのレストランは高いかカッコつけているだけで中身が伴わないのだが、ここはボリュームもあり、メニューも豊富でおいしい。このアートセンターの建物は、岩手町石神の丘道の駅をデザインしたリチャード・マーフィーの出世作。


Dundee Contemporary Art

町中を散策してから、六時半に汽車で帰る。

7月25日  "Kirkcudbright Beach"


から近くの海岸へ。ちょうど引き潮の時で、ずっと砂浜が続く、遠浅のとてもおだやかな海岸だった。そこで浜に落ちている木を拾い集め、持っていった魚やソーセージをバーベキュー。


一日中磯や浜でカニや貝、石ころをさがして遊ぶ。



午後3時頃に、いい加減暑くなってきたのでキースと二人で海に入る。しかし、水があまりに冷たくて15分ほどで上がった。湾岸流が来ているとはいえ、さすがにスコットランドは水が冷たい。指が真っ白になった。

あとは潮音のナビゲーションで車を飛ばしエジンバラに帰った。



7月24日  "Kirkcudbright"


ースとアネットは、うちに来たあと、スコットランド西海岸の港街カークーベリに行った。彼らはそこで町なかのコテッジを一週間ほど借りていて、部屋数も多いし、とってもいいところだから遊びにおいでと誘ってくれた。というわけで、ぼくらはゴードンから車を借りて、家族そろってでかけた。

エジンバラからスコットランドの典型的な、ヒツジだらけのなだらかな丘陵地帯を抜けて、二時間ほど走る。

カークーベリはこぢんまりしたとてもすてきな港町で、戦後、グラスゴー・ボーイズとして知られた絵描きたちが好んで過ごしたアーティスト・タウンとして全国的に有名である(私は初めて知ったが)。


彼らのコテッジは街の中心の教会のすぐとなり、ボーリング場(イギリスのボーリングは芝生の上でカーリングをするモノと思えばいい)の脇にあり、広場も港も歩いて数分、とてもいいロケーションのうえ、3階建てなので、部屋も有り余るほどあった。


ちょうど広場ではサマー・フェスティバル。スコッティッシュダンスやバグパイプなどやっていた。


港の魚屋でシーバス、ホタテ、エビ、たこ、ホタテなどをキースがオーブンで料理した。夜はトランプをして遊ぶ。



7月22日  "Annet and Kieth"



Keith Rand

のうアネットとキースが遊びにくる。
日本食大ファンの彼らなので、私が腕によりをかけて、昼はそばとちらし寿司を作った。今回、キースがセインズベリーに設置した作品を見に行く。丘に散歩しにいく。



7月18日  "Impressionism and Scotland"



Claude Monet, Poplars on the Epte, 1891. Oil on canvas
? National Gallery of Scotland

コティッシュ.ナショナル・ギャラリーで、「印象派とスコットランド」展覧会オープニング。

大盛況のオープニング。「印象派」の名前の入った展覧会は、日本でもイギリスでも人の入り方が違う。この展覧会の面白いところは、フランス印象派の絵画を見たスコットランドのコレクターが何を集めていったのか、そしてスコットランドの作家が、どう反応していったか、というところだろう。

マネ、モネ、スーラ、そうそうたるコレクションが集まっている中、隣り合わせに、モチーフ、テクニックの似通ったスコットランドの作家を並べ較べている。結論から言って、スコットランドとフランスの作家たちの大きな違いは、そこにアンバランスな奇妙な力を感ずるか感じないか。この点は私にとっても新鮮な驚きだった。

軽快なタッチや画面の持つ緊張感、モネやセザンヌの作品に見えたもの、それは、これまで何千回と目にしたグラフィカルなモダンさとは異質な、不思議な執拗さ、不条理さ、そこにモダン・アートとしての生命を今回新たに発見したことかもしれない。

それに対して、スコットランドの作家たちの作品はむしろ空虚だ。印象派的スタイルの習得を目指して描いているのだから当然なのかもしれない、今回、この点で批評することはフェアじゃないかもしれない。しかし、驚くほどハイセンスな色彩とタッチを華麗に披露していても、作品自体が空っぽで、力が感じられない。センスは驚くほどいいのに。


7月17日  "Back to Edinburgh"




五時半起き、朝食をとる。7時10分のホテル送迎バスに乗ってピサ空港へ。15分ほど、あっという間についた。ピサ空港はまだ新しい。早速チェックインをしにカウンターに行ってみると、まだ早すぎてモニターに案内は出ていない。聞こうにも係員というのが見当たらない。

ここらへんだろうと、そこでしばらく待っていたが、イタリアの交通機関はのんびりしているから(イタリア自体が全部そうかも)、もしかしたらと隣の新しい建物に行った。そこには人っ子一人いない!

十個ぐらい並んでいるカウンターに一人だけいた若い男の人のところにって聞いてみた。ライアンエアーのチェックインってもしかしてこっちじゃないの?彼曰く、そう、こっちだよ、なんで誰もいないのかね、と言われる。まさにイタリアだな。こういうところは私は大好きなのだ。

よし、一番乗りだ!(ライアンエアーやイージージェットは座席指定がないので早い者勝ちなのです)と、駆け足でケイトたちを呼びにいっテ、そのことを伝え、ホテルのバスで一緒だった初老のイギリス人夫婦にも、あっちだよ、と言って、とそそくさと荷物を持って動き始めると、同じように待っていた連中が、あっちなのか、と、どっと我々の後を追いかけてくる...。

結局、初老のイギリス人夫婦は結局、飛行機に乗るまで我々の後をくっついてきた。早め早めにゲートを抜け、やはりイージージェットと同じく自由席、あっという間に席に取り合いとなる。通勤列車並みだ。

二時間半のフライトの半分は寝れたかな。やっとエジンバラに帰った。エジンバラ空港からはタクシーで帰る。さっさとパッキングをほどき、ほっと一息、午後はほとんど昼寝。夜のタイコンドー教室、さぼった。絵美理一人だけがいった。フィッシュ・アンド・チップスの夕食。いつ食べてもこれだけはおいしい。


7月16日  "Pisa, Carrara"




Carrara crossroad

日はピサに移動するので、ペンションでのんびりしてから昼に帰るつもりが、ジョバンニの提案で急遽、きょうもう少し見て回ることになった。


朝七時起きで朝食、八時にはジョバンニが来た。のんびりしていた訳ではないが、九時に出発。子供たちを和子さんに駅まで乗せてきてもらうことで、我々二人の荷物をジョバンニの車に乗せ、早速カラーラの石切り場から見て回る.


Michelangelo Quarry

ミケランジェロの使った石切り場というのから見て回り、後はコンポロンギ系列の石切り場とその工場を見た。そこは大きな石がすぐ出せるようだ。行ってみると、三年前にカラーラを回ったときにぼくらを案内してくれたコンポロンギの人がこの会社に出向で来ていて、またぼくらを案内してくれた。

そのあと、駅で和子さんと待ち合わせる予定だったが、ジョバンニが、ここからならペンションに行く方が近い近いというので、和子さんに連絡してから直行、はじめ和子さんは待ちに買い物で出ているので、鍵だけ閉めていってくださいと言われたのだが、せっかくだから彼女が帰るまで待つことにして、われわれは外で何となく待っていた。でも、そのあいだ絵美理がジョバンニの似顔絵を描きはじめる。なかなかの力作、ちょうど出来上がる頃に和子さんが戻り、お互いに別れを惜しみながら、ジョバンニにマサの駅まで送ってもらった。

すぐ来た列車に乗ってピサまで約一時間。駅からタクシーでホテルヘ直行。われわれのホテルは空港のすぐ近く。明日の朝は早い。ちょっと部屋で一休みしてから、タクシーで絵美理とケイトと三人でピサ市内を観光に出る。

ピサのまちなかを斜塔まで散歩する。途中、カフェでスパゲッティを食べたが、ピサの町中のカフェやレストランはどっちかというと観光地慣れしているせいか、サービスもぶっきらぼうだし、あまりおいしくなかった。


Tower of Pisa

帰りに一人ホテルに残った潮音へのピザをおみやげに、ホテルのミニバスで部屋に戻り、ピザとビールをさかなに映画を見て寝る。さすがにピザはうまかった。


7月15日  "Pietrasanta"



Carrara

ジョバンニの親切な提案で、ぼくらがあちこち回っている間、子供たちを海水浴に連れて行くことになった。子供たちと一緒に海辺のカフェへ行くと彼の奥さんがお孫さんを連れて待っている。でも、子供たちはぼくらの都合であちこち引っ張り回されることで、全く機嫌が悪く、無愛想。せっかくの好意なのに困ったもんだ。

ピエトラサンタの海岸沿いには、カフェやレストランがずらっと並び、美しい砂浜を占領している。金を払わないと海に出られないようになっている。カフェでは、ジョバンニの奥さんたちが既に朝の涼しいうちに海水浴をするのが日課らしい。ぐずる子供たちをとにかくそこに置き去りにして、ピエトロサンタを見て回った。

でも、夕方になってカフェに帰ると、二人とも上機嫌で泳いでいた...。たった一日ですっかり日焼けして。まあいいか。



ジョバンニに丁寧に教えてもらいながらオニックスや大理石の種類を見て回る。大理石の山は、御影石の山と違い、同じ山でも違った種類の石と模様や色が出るので、電話でカタログショッピングというわけにはいかない。直接石を選び、また、そのブロックをどう切るかによって大きく印象が変わる。もちろん山によって石の大まかな種類というのはあるけれど。

コンポロンギの新しい工場にも寄った。

夜は和子さんを誘ってカラーラの街に出た。レストランでトスカーナ名物のビーフステーキを食べる。柔くてジュウジュウいっている。白ワインと一緒にとてもおいしかった。イギリスと違って室内で煙草を吸うのに気兼ねがいらないので落ち着ける。


7月14日  "Pietrasanta, Carrara"



はのんびり十時に食事。
ここはカラーラの石切場の真正面で眺めがすばらしい。友人の紹介でここに来たのだが、彼の亡くなった旦那さんとは二十年近く前に私は日本で会っている。ペンションの半分は彼の作品のギャラリーで、

午後からメールのチェックしているときにジョバンニが来た。

出発前に私たちの作品の紹介と今回の旅行目的、探し物の説明。今年の大阪、来年の横浜、浜田山、五反田プロジェクトの説明をして、それに見合う石のイメージの話をする。これから、彼がそれらに必要と思われる視察場所をピックアップして紹介してくれることになった。

とりあえずは腹ごしらえ、海辺のレストランに行って、とびきりおいしい魚類のお昼を食べる。予定にはなかった(そうだ)が、ジョバンニの奥さんと息子も来る。

まずはフランコのワークショップに行く。3年前にもピエトラサンタ市内の彼のスタジオに行ったのだが、すでにそこは引き払って、数年前から新しく建てた近代的なワークショップに移ったそうだ。工業団地のようなところにあって、広く近代的な設備と多くの職人が働いている。相変わらずダビデの石膏像はどんとおいてあった。腕がいいので、とにかく流行っているのだろう。カラーラで具象的な作品を作らせると彼の右に出る者はいない。彼に出来ない仕事はないと思う。とにかくすばらしく景気が良さそうだった。イギリスの有名な作家の作品も多く制作していた。

ケイトとジョバンニがフランコと打ち合わせをしているときに、わたしはもっぱら彼の奥さん(日本人)と立ち話。

夜ペンションに帰って、遅くなったので外に食事にでるより、和子さんにピザを買ってきてもらう。イタリアで修行中のレストランとソムリエのマイコさん、イタリア人の彫刻家の友人も一緒に食べる。和子さんがうちで作っているワインを出してくれた。


7月13日  "Ars Apua, Carrara, Italy"


ーマスに彼の車で駅まで送ってもらい、我々はここから列車を乗り継いでイタリアのカラーラに向かう。乗ってきたペーターの車は、彼がきょうそのままウィーンまで乗って帰ってもらうことになっている。
 朝十時の汽車でクラーゲンフルトからイタリア、ベニスへ向かう途中、その列車が20分ほど遅れたため、ベニスでの乗り換え列車に間に合わず、乗り継ぎが狂う。もうしばらくはフィレンツェまでの直通列車はない。しかたなく予定を変更して、とりあえずボローニャに向かい、そこでユーロースターに乗り換えた。追加料金を取られながらも、なんとかフィレンッェに到着。そこからローカルに乗り換えて2時間、やっとカラーラについたのは夜の九時近くだった。

ペンションArs Apuaのオーナーの和子さんが駅まで迎えに来てくれていて、宿に着いてみると彼女の作ったチラシ寿司のおにぎりが待っていてくれた。

Ars Apua : http://galleriaar.exblog.jp/


7月12日  "Klagenfurt, Saaga"



朝のコーヒー、トーマスと

午後からオシアハセーに出かける。そこでトーマスたちの展覧会を見る。彼のサウンド・インスタレーションは面白い、インタラクティブなところとか、音やセンサーを使ったりと、私には大変興味深い。


コズミック・ベンチ

この作品は、大気の電離層圏から聞こえるノイズをアンプリファイして板の下に仕込まれたスピーカーからボワーと振動しながら聞こえてくるベンチ。


人が近づくとバタバタとふるえ出すステンレスの板。

そこから約30分ほど足を伸ばして、昨年参加したクラスタルに寄る。今年もシンポジウムが始まっている。去年作った私の作品はゴルフ場に貸し出したらしい。


足を骨折したばかりのシベラと再会。


帰ってから、彼らのプールでみんなでひと泳ぎ

夜、みんなで飲みながら騒ぐ。
トーマスの作ったラザーニャはうまかった。



7月11日  "Degree Show"

ェスロー最後の日の今日、
泊めてもらったお礼にヒッツ家の庭の石段をタローと二人で修理する。


完成


ヒッツ家のみんなともしばらくおわかれ

荷物をペーターの車に積み込んで、バッド・フェスローから南へ6時間、クラーゲンフルトを越え、サーガの友人トーマス・ホーケのところへ。彼は彫刻家、ウィーンにアパートメントがあるが、一年の半分はこっちでこの城に住んでいる。家族と行ったり来たりなのだそうだ。大きなお城なので、ここには、ほかに彼の母上や兄弟たちも家族で住んでいる。それぞれがアトリエを持っているし、プールもある。

7月10日  "Lindabrunn"



リンダブルンに行く。



playground

帰りにリンダブルンの村のホイリゲンに寄って、地酒のワインとソーセージを味わう。

フェスローに帰ると、ハンガリアンたちがグラッシュを作っていた。直火で四時間かけて煮込んだ、本格的なハンガリアン・グラッシュ、肉が柔くてとてもおいしかった。シュナプスとビールで食べる。


タローとティーナ


ケイトとガブリエル


7月9日  "Back to Bad Voeslau"

ィーンのアパートメントを片付け掃除してフェスローへ帰る。

フェスローではいま麻雀が流行っている。


nala

夜はタローの得意のスパゲッティ、そのあとは、また火を囲んでパーティとなった。


7月8日  "Museum Quarter, Wien"


「ミュージアム・クォーター」で展覧会を見る。数年前にウィーンに誕生したこの「ムゼウム・クヴァルティア」、芸術歴史美術館、自然博物館のうしろに、新しく整備した美術館と建築、クラフトなどのギャラリーがわんさと集まっている。


いまの目玉は「パンク」展、パンクの世界的なサブ・カルチャーとしてのレトロスペクティヴ・ショウ、隣ではシーレやクリムトなどのオーストリア作家の展示など。


突然、広場でインドの音楽の演奏


ケイト、エミリ、メラル、フランチス

演奏を見ていたら、トーマスの弟のアーミンたちとばったり。スロベニアからウィーンに2、3日戻ってきたばかりだという。今回出発前にメールを送ったが、どこにいるかわからないよ、と言われていたので、うれしい偶然にお互い大喜び。一緒にビールを飲む。


7月7日  "Pratwer, Wien"


エミリとマリア、サンクト・シュテファン大聖堂の前で

ケイトとマリアとエミリは街の眼鏡屋さんへ。
先日エミリのフレームが曲がってしまったのと、もう度が合わなくなりつつあったので、いっそのこと新しいメガネを、と探しに出かけた。マリアも新しい眼鏡を探していたのでちょうど一緒に。

そのあいだ、私と潮音と二人で科学館へ。かなり充実している。オーストリアの科学館は正式には「技術館」というくらい、インタラクティブな展示がよかったし、博物館的な収蔵品もふんだんで面白かった。
そこでフェスローから出てきたみんなと待ち合わせ、ピザを食べる。みんなでぞろぞろとあちこち回った。


フンデルトワッサーハウスの前で

プラターヘ行って遊ぶ。ここは、第三の男でも有名な(このごろこの映画を知っている人の方が少ない気もするけど)大観覧車のある遊園地です。雨が降っていたのと閉園間際だったので他に人がいなくてほとんど貸し切り状態。ジェット・コースターにバンプ・カーなど大勢で独占してやるとおそろしく楽しかった。







みんなとウィーン南駅で分かれ、彼らはフェスローに、私たちは駅のスーパーマーケットで食料の買い物してから、地下鉄とタクシーでやっとアパートメントに帰ってみたら、カメラがない...。

7月8日  "Mary's Birthday"

タローたちと麻雀する。昨日ペーター・ローラーとやったのを聞いて、自分たちもやりたい、庭の木陰に毛布を敷いて麻雀台を作る。こんなに麻雀したの何年ぶりだろう。とはいえ、ハンチャンするのに、四時間はかかる。

アイアーシュバイマルンを食べてから、夕方、マリアに送ってもらい、ウィーンのペーター・ヒッツのアパートメントに移動。ペーターはマリアの弟で今オーストライアに家族で行っている。彼は植物学者で一年の半分はメキシコか南米にいるのだ。今回、部屋を使っていいいよとわれわれに車付きで提供してくれた。


ロカールが並ぶウィーンの街なか。

ウィーンの街に出て、友人に会う。

昨年クラスタル・シンポジウムで一緒になり、とてもいい友達になったハゼムとバーバラに会う。ちょうど彼らの友人で、パレスチナの音楽家や作家たちが集まっていたので、一緒に会食する。


7月5日  "Bratislava, Slovakia"

は、ハンガリアンたちと夕べ飲んだシュナプスのおかげで完璧な二日酔い。そのまま、マリアとケイトたちと汽車で一時間、スロバキア、ブラティスラバ郊外に住む、古い友人のマグダとペーター・ローラーに会いににいく。


ペーターとは15年ぶりぐらいかな。萩シンポジウム、リンダブルン・シンポジウムでさんざん一緒に仕事した仲間だ。ドイツでは私と一緒にペーター・フォークの死に立ち会っている。彼はブラティスラヴバ芸術大学の教授になって、さっさと出世してしまった。

私は二日酔いの頭と胃を抱えながら、マグダの作ってくれたおいしいスロバキア料理をやっと一口、ペーターのすすめでアクアビッツと葉巻とビールで向かい酒、しまいにはワイン・テイスティングをしようと言い出して、ワインを5、6本あける...。おかげで一日中気持ち悪かったような、良かったような...。


ケイトとマグダ


ローラー一家と

ペーターのたっての希望で麻雀する。


シオンも参加

夜十二時頃帰宅。



7月4日  "Bad Voeslau day2"


フェスローにあるマティアス・ヒッツの噴水の前で



公園のペーター・ローラーの作品の前で

きょうはふらふらと、みんなでスーパーまで散歩。サンダル買ったり、タバコ買ったり。それに手巻きやパイプ煙草、紙に至るまで種類が豊富だ。イギリスから来ると、街角のタバコ屋に入ると、オーストリアのとにかくその種類の多さと品数の充実差に驚かされる。喫煙が習慣ではなく文化になっているんだろう、ここでは。イギリスで買うよりオーストリアで買う方が半額ほど。何ヶ月分かストックをこっちで買いだめしていこう。

家の近くのカフェでアイスクリームを食べる。


7月3日  "Bad Voeslau day1"


庭で朝食。



ホリデーなのでみんなでグータラと日光浴。

夜はマリアとケイトと3人で隣町ソースのホイリゲンに。バーデン市役所のハンスと会う。来春予定されているシンポジウムの進捗状況の確認と打ち合わせ、か、まあ、ただ飲んで4人で騒いでいただけかも。

プロジェクトはマリアが積算した予算が結果的に当初より大きく膨らんでいるのでーそれでも最低限の予算だと私は思うー、州に資金援助を頼むことになった。オーストリアは日本の県のように州が金と権力を持っている。来年のニーダーオーストリア州ガーデンショウもあるので、大丈夫、大丈夫と、ハンスは楽観的だ。

夜道、酔っぱらい3人で歩いて帰る。


7月2日   "to Wien、Bad Voeslau From Edinburgh"


4時半、アパートメントにタクシーがくる。

オーストリアに出発。
みんな何とか時間通りに起きることが出来た。まだ薄暗い。眠い目をこすりながらエジンバラ空港へ。5時にチェックイン。6時55分出発。安さで自慢のイージージェット航空は今回初めて使った。乗り心地はまあまあかな。機内食も飲み物もみんな有料。いままでは、どうせ無理やり食べたり飲んだりしていたのだから二、三時間程度は別に何もなくても不便はない。

8時にロンドン・ルートン着、ルートンは初めて来たが田舎っぽい空港。広い割にごたごたしている。12時15分ルートン発。2時半にやっとウィーン空港到着。急に暑さが襲ってくる。一瞬、長袖ばかり持ってきたのを思い出し後悔した。連絡通りマリアが迎えにきてくれていた。車で約一時間、懐かしいバッド・フェスローに着きほっと一息、のんびりする。


昔の友人たちとその子供たち..

マリアが歓迎パーティを企画してくれて、今夜は懐かしい顔がぞくぞくと集まった。


ガーデンでのたき火





うきしま

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