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うきしま

新・浮島日記

西暦2008年(平成20年)

4月

文中、たまに敬称略で失礼!


4月30日  "Desk Work"


過ぎまで会社の経理を整理。
山田さんから電話。太刀川記念会館の作品設置はいずれにしても再来週末になりそうだ。

そろそろ、エジンバラ行きの手配を考えないと。考えてはいるが、設置の日程が固まらないといずれにせよ、予約は出来ない。こないだはKLMだったが、今度はヴァージン航空に聞いてみようかな。

今年から会社の経理をお願いする大野君と連絡を取って、あさって経理資料を持って会いに行くことに。仙台に行くことになる。明日は一日仕事をしよう。まだ疲れは抜けてない。


4月29日  "Stomack ache"


起きたらスタジオの前にもうトラックが着いていた。

しかし、八時積み下ろしという話にしていたので、その頃までケイトと電話していたら、八時半過ぎ、運転手がうちの前でうろうろしていたのでさっさと電話を終わらせて、作業に入る。

フォークリフトと手でケイトのスタジオに作品を運び込み、小一時間ほどで終了。あとは運転手とコーヒー飲みながら世間話。

岩手は仕事がないというまあちょっと暗い話だったが、人の良さそうな人で、はじめは水道工事をしていたらしい。トラックを見送ったあと、スタジオの片づけを始めたが何となくからだが重く、何となく気持ち悪いし、ちょっと横になる。

夕方やっと腹が減ったので鯖を焼いて食ったら食いすぎて腹が張っていまでも苦しい。アタマも痛い。風邪かそれとも昨日食べたウナギとキモとスシでコレステロールが上がってしまったか。。。しかし、音楽かけて朝の四時まで頼まれている本の原稿執筆に取りかかる。胃が痛い。



4月28日  "Back to Studio"


さから作品搬出。

きのうの酒が残っていたので、ホテルを出てからコンビニでおにぎりを三個買って食べながら会場に向かう。代官山の裏は小道が多く人通りもにぎやか、小さなブティックやら店がぽつぽつとあり、散歩には気持ちがいい。

会場では搬入と搬出を手伝ってくれる松下サービスの連中がもう道具の運び込みをしていた。アートフロントも多くのスタッフを出してくれたので、私はあちこち作業の指示に駆け回り、予定通り昼までにパ片づけは終わった。一時近くにトラックが到着、積み込んで二時に終了。オーバル作品が台座と瞬間接着剤でくっつけたところが少々壊れていたので修理のために買い物、岡田と渋谷に行く。まず遅い昼食で焼き肉を食べて、東急ハンズで接着剤を買い、アートフロントのオフィスで修理、接着してあとは恵比寿から大宮経由でうちに帰る。

大宮駅は大混雑、時間があったのであちこち見て回り、ウナギ弁当と貝もののスシを買い込んで、新幹線へ。浮島に帰った。


4月27日  "Last Day of The Exhibition"

「素材の持つ力」展、最終日、


岩手から朝出て大宮で降り、新宿のヨドバシカメラに直行。コンパクトデジカメを買う。このごろのデジカメは抜群に良くなった。わたしの愛用しているA1はまだいけるが、携行にはちょっとしんどい。作品の写真もある程度ちゃんと撮っておきたい。

会場は最終日だったので着いたときから客がひっきりなしだった。せっかく買ったデジカメで作品の写真撮る暇もない。

会場がしまってからもカフェでビールを飲みながら、夜は、山口から来た田辺夫妻、福田さんと代官山に飲みに出る。田辺氏に今回の展覧会は片桐としては冒険がない、と言われる。うーん、でもなあ。

今回はいろいろ考えた末、これで自分の仕事にひと区切りをつけるつもりだったから、私の仕事をよく知っている人にはそう見えるだろう、と自分でもうすうす感じていたが、いままでの仕事のまとめをしないうちは私は次に進めない、今回はそれに良い機会であるとハラをくくっていた。ある意味で今回の展覧会は30年間の私の仕事のまとめであった。どういう方向性を目指すか、あるいは切り捨てるかを考えるのに時期も会場もとても良いタイミングだったと思っている。

パブリックな空間での仕事が中心だったこれまでの活動の中で、「窓」のシリーズは1984年に着想を得て始まったまま、現在に至っている。今回「覚醒する風景」と言うタイトルにまとめたのは、このアイディアが静かに醸成されて自分の中でその位置づけが完了したからともいえる。

この作品のヴァリエーションの模型を木でいくつかスタジオで作ってみたが、核となるものは展開すればするほど、薄まっていった。この作品が私に求めていたのは展開ではなく、照準をきっちり合わせる作業だったとやっと気付いた。多感ではない、非情さなのだ。それで今回はふっきれた気がする。

今回、会場に直接足を運んでくれた方々や、激励、お祝いメールを送っていただいた国内外の方々に深甚の感謝を表します。ありがとうございました。


4月22日  "jun Mitsui Seminer"


ょうは三井純氏による「建築とアートについてのコラボレーション」セミナー。ヒルサイドフォーラム会場には100人近くの建築家やデザイナーの方々が集まった。


4月15日  "Exhibition Opened"



ょうから開幕。

4月14日   "Hillside terrace"

朝、五時半に現場で待機。きょうは久しぶりの雨。トラックは近くに来ていた。六時過ぎ設置業者、松下サービスが到着。ケイトのベンチから設置始める。



荷物を全部下ろしてトラックを返し、会場の搬入まで時間があるので、いったんホテルに帰って昼寝する。眠くて仕方がない、二時に熊谷さんから電話、会場にまた戻って、展覧会の飾り付けを始める。

ケイトの大きな三つを据えてから、窓、舟を池に据えて、小さい作品を飾り始めたあたりから、しばし、ペースが落ちるが、時間は余りの超されていない。なんとか九時までかかってアンカーの穴をあけ、台座に接着し、やっと、とりあえず全部飾る。くたくただった。
近くの居酒屋で焼き鳥食べて、寝る。

4月13日   "Works on Truck"


ラックを二時間ほど待たせて、ケイトは最後の作品の仕上げ、私は舟の台座を作る。三時に積み込み開始、五時に完了、ほっとしたのもつかの間、七時の新幹線にかけこんで東京へ。途中仙台の駅のホームで、待っていた両親からお弁当とビールの差し入れ。



さっそく汽車の中でみんなで乾杯。

恵比寿のホテルに直行。バタンキュウだった。

明日は早い。



4月4日   "Working"



るでUFOに乗っているエイリアンのケイト。

私は「窓」を、もう一度800番のぺーぺーで磨き、洗浄する。
仕上がった作品をスタジオ1に移動、シーラントを二度かける。これでやっと本当に完成。

ケイトの「ダンス」の荒取りに取りかかったが、中を切り取るのに思ったより手間どり、夕方までかかる。夜は「舟」の小品を青砥で形の修正。しごとをきょうは早めに(8時)に切り上げて、今夜はラベルを印刷し、明日には案内パンフレットを送ってしまいたい。

岡田君に朝、透明封筒を買いに盛岡に行ってもらった。




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