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うきしま

新・浮島日記

西暦2007年(平成19年)

10月

文中、たまに敬称略で失礼!


10月20日  "延期"

イト、プラウド作品PRA1-1削る。とにかく終わりそうもなく、パニクっていたのだが、近藤さんの話では、来週以降に設置が延期とか、助かった!しかし終わる見込みが出来ただけで、大変なのに変わりないよな。


10月25日  "衝動買い"


「Relateve Value」スミ入れするケイト

沢工場でまた朝からケイトがPRA1-1スミ入れ。
思ったより時間がかかり私の仕事がさっぱり進まないのでだんだん腹が立ってきた。たかはしに昨日忘れたケイタイ取りに行くついでにワークマンで手袋やら靴やら、ほとんど腹いせに買いまくる。
やっと自分の使う石を出してから夕方また金沢工場で職人と打ち合わせ。

10月20日  "Mamushi"

49歳の誕生日。来年は五十か、「五十にして惑わず」...。
金沢工場でケイト作品PRA1-1のカッターはつり荒取り二日目。やっと一段落。ケイトがさらに作品スミ入れ、五時から八時まで三時間ほどかかった。
工場は寒くてハラも減ったので、ケイトと二人でたかはし食堂でウナギを食べる。二枚重ねのを「まむし」というそうな。ケイタイ忘れて帰る。


10月23日  "Shin−Urayasu Project"

沢工場で切ってもらったケイト作品PRA1-1のカッターはつり荒取り。五時から十一時まで。今日一日では終わらなかった。


10月22日  "Kokaido Art Show 2007 closed"

会堂アートショウ作品撤去と搬出。これでほぼ片づいた。本田夫妻と岡田とかつ壱でトンカツ食って帰る。メリーの話で盛り上がる。

10月21日  "Kokaido Auction"


回の出品作「コーカイドー・オーストマシーン」(サウンドインスタレーション)と私

昼まで「ソネット」の仕上げと梱包、午後から公会堂オークション。
全く売れないオークション、というか、オークションになっていない、参加者も十人以下lこれではただの作品たたき売りだな。

競っていくのがオークションなのに、一人が手を挙げると、大体、上がることも少なかったが、他の人は遠慮していたそうだ。
もう二度とオークションはしない!百瀬さんが公会堂はもうなしだ!と切れまくっていたし。
前回の反省をふまえて改良したつもりだったが、盛岡ではオークションというのは成立しないのだろう。

しかし、関係者が集まり、カフェで打ち上げ、さらにスピークローで二次会、そこから川村さんのお母さんのやっている水の森に行って、朝の三時までカラオケで騒ぐ。演歌からヒップポップまで、これは盛り上がってとても楽しかった。うっぷんが晴れた。


10月20日  "Kate"

イトがエジンバラから到着。ソネットの磨きが朝の一時までかかる。それから夕食と風呂、寝たのは結局四時ごろになった。久しぶりに一緒になって、積もる話は尽きなかった。


10月19日  "Sweden"

会堂アートショウ、ショップ用の作品製作。簡単なのに、なかなかきのりしなかったものの、作り始めたら、ノレて一気に十点ほどうまくできあがった。ソネット開始。ほぼ形がでる。スウェーデンはダイヤの切れが伊達冠石よりずっといい。気持ちよく作業できた。久しぶりのスウェーデンの感触。ヨーロッパに一時に製作した黒い作品はすべてこの石を使っていたのだ。つや消し仕上げがよく似合う。

10月18日  "Animatrix"

格的に新浦安プロジェクトに取りかかる。ケイト作品PRA1-1にスミ入れ。スウェーデンの黒御影石、すばらしい石だ。
夕方、公会堂でFMラジオ番組録音。帰ってさっそく届いたアニマトリックス観ながら寝る。


10月17日  "ブランデーとカラスミ"


五時半起き、タクシーの運転手がホテルに迎えに来ていた。ホテルの受付でサンドイッチをもらう。台北空港へ。名古屋経由で仙台に。帰り足、公会堂によって、百瀬さんと呼び出し、さっそく買ってきたブランデーとカラスミ、お菓子を食べながら飲んだ。岡田と一緒にうちに着いたのは結局十一時頃。



10月16日  "台北に帰る"

朝、ソンと会場隣の展覧会を見て回った。花連彫刻家協会の作品展と現代アート展、村上やらの展覧会だった。シンポジウムに一人戻り、午後、ホワンとウィスキーを飲む。話は通じないが通訳をしてもらいながらお互いにこにこと楽しい時間だった。夕方奥さんの運転で空港まで送ってもらい台北に戻る。ワン女史に迎えてもらい、夜夕食を招待してもらい今回の精算支払いを受けた。計算すると、ほとんどチャラ、全く日当分にもならない。まあいいか。帰ってホテルでテレビ見て寝る。

10月15日   "Hualien Sculpture Conference"


六時にホテルに迎えに来た今回のコーディネーターである王女史と一緒に、花連まで飛行機で行き、そのまま直接会議の会場へ入る。九時から六時まで50人ほどの観衆の前、私を含めて三人のゲストスピーカー、それに現在進行中のシンポジウムの参加作家などをパネルに、講演とパネルディスカッションが熱っぽく行われた。昼に花連市文化局長と会食。夜は黄河一家と作家たちと一緒に街に繰り出し、カラオケで歌って踊って一晩中騒ぐ。



10月14日   "Taipei"


ひと晩かかって明日の花連の彫刻会議での講演用パワーポイントデータを作成。朝三時から徹夜で岩手町国際交流協会のいわてNPO基金申し込み申請書も一気に書き上げる。寝る間のなく急いでバタバタと旅のスーツケースをまとめ、書類の提出を岡田君に頼みながら駅まで送ってもらい、十一時の新幹線に飛び乗った。あとは仙台空港から台北へ到着したのは夜の8時。迎えに来たピエール・マーティン氏の車でホテルに直行。ビールを飲みにでる気もなくバタンキューだった。


10月7日   "XEX Tokyo Setting"

七時起きで東京駅へ。塩見さんと東京駅八重洲口で待ち合わせ、改築中の大丸十三階の東京XEX現場に行く工事のまっただ中。そこにすでに梱包が解かれた作品があり、頼んでおいた笠井さんたちが設置作業に入っていた。作品設置は小一時間ほどで終了、塩見さんと昼そばを食べて盛岡にすぐ引き返す。帰り足で寄った公会堂では作家みんなが集まっていた。


10月6日   "Kokaido Art Show 2007 Opening"


会堂アートショウ2007・オープニング。セレモニーには30〜40人ほど集まり、スクリーンを作家たちが破って飛び出すパフォーマンス・イベントは大成功だった。岩手県立美術館学芸員大野さんとともにまわったギャラリー・ツアーもうまく話が盛り上がり予定時間をオーバーするほど、しかし会費制のパーティは参加者が少なく、残念ながら赤字となった。しかし30人のアカペラ合唱団と室内楽の生演奏をほとんど我々関係者だけで堪能、ちょっと贅沢だったな。二次会から三次会カラオケまでみんなで騒ぐ。岡田とメトロ泊まり。


10月4日   "準備"

さ長々とケイトと電話する。金沢さんに作品の下に敷く石を切ってもらう。ゼックス東京作品設置の道具準備、作品の梱包終了。午後二時から五時までアートショウ作品の飾り付けのため盛岡の岩手県公会堂にいく。
今回の私の作品はアクトデバイスがすべてセッティング。熊谷さんにほとんどお任せだった。音響のセッティングは基本的に素人には不可能だ。今回私はアイディアを出してそれを熊谷さんが装置を選び形にしてくれた。前回。音響機器を理差くるショップでかき集めてきてひととおり、作り上げたものの、会期中に片っ端から壊れていったので、今回は専門家に任せることにした。しかし、マックを使った音源だけは前回そろえたオーディオインターフェイスとソフトを使って自分で準備したが。
七時に浮島に飛んでかえってゼックス東京作品のトラックへの積み込み。終えて、また盛岡に飛んで帰って公会堂でオープニング・パフォーマンス用スクリーンの障子紙貼りを本田健とする。帰ってから来年春に開催されるバーデン・シンポジウム(一応私がアートディレクターなのです)のアイディアをマリアに送る。



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