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うきしま

新・浮島日記

西暦2007年(平成19年)

9

文中、たまに敬称略で失礼!


9月21日  "Sean's Birthday"

五時に起きて潮音の誕生日のお祝い電話を入れる。潮音は元気そうだ。小さないとこたちが来て騒いでいったらしい。日曜日にクラスの同級生たちと本当の誕生パーティをするんだといっていた。いまは「ミスター・ビーン」を観ているとか。エミリは眠そうだった。また寝る。

関ヶ原から大理石が到着、朝さっそくスミ入れをする。新浦安プロジェクトの仕事に取りかかる。大口径で切ってもらおう。
ペニンシュラ玄関用の作品一つを掃除梱包。昼過ぎの便で発送。
東京XEX用水盤の工場での本格的な加工が始まる、きのうの塩見さんからのファックスで寸法変更に従いまず厚みを落とす。
帰ってきてからペニンシュラ・リビング作品台座の修正をする、それにしても今日は残暑厳しく、あまりの暑さにコンビニに行ってアイスをどっさり買って岡田とデッキで食べる。夜は盛岡の若松事務所で長瀬らと公会堂アートショウ打ち合わせ十時まで。

9月15日  "Morioka"

から仕事、午前中にペニンシュラに送る三角の作品の、コピー制作を試みる。おおかたあらく彫れたところでまっぷたつに割れてしまった。キズがあった。早めに壊れてよかったかも。伊達冠石はこわい。キズがオモテからは見えにくい。
午後はもう一点ペニンシュラ・リビング用の作品模型を大理石で作るが、中国産大理石のため、角持ちが恐ろしく悪い。とりあえずかたちを確かめる模型だから、しかたがないし、練習みたいなモンだから、まあ、かまわない。

仕事に夢中でスタジオの時計が遅れていたのを忘れ、気がつくともう四時四十分。公会堂アートショウ実行委員会が五時半から始まるのに、これでは遅刻だ。あわてて岡田君と出かける。

実行委員会終了後、百瀬、本田夫妻たちと上の橋の肉屋に焼き肉を食べにいく。今日は盛岡のお祭りのせいか、焼き肉屋は満杯。40分ほど待たされたが、さすが肉屋の肉はうまかった。帰りにもう一軒寄ってから浮島に帰る。


9月14日  "Xex Tokyo"

ックス東京用の石が切れたので、石のバリ取り、しかし形が今ひとつ決まらず、ひっくり返してみた。するとオモテよりなんとなくかたちがよかったので、角をばりばりに切り出しておいて、正面にカワ残すことに変更、この方が決まるな。決定。金沢さんに切削と研磨のお願い、指示をして帰る。



午後、百瀬氏と岡田と三人で、東和(町)萬鉄五郎美術館に熊谷守一展覧会のオープニングに行く。そのあと、花巻の根本美術館、ギャラリーBUNによって帰る。

9月12日  "Sanma"

奥野さんからの連絡待ちで午前中つぶれる。結局電話はこなかった。光州一高用の舟の作品二個目に着手、また荒く加工仕上げる。いまいちのりが悪い。イメージが固まらない。
新浦安のプロジェクト用にやっと関ヶ原に石を発注。しかし後でファックスが、半金前払いだと!明日電話して交渉しなきゃ。
家の周りを草刈り。
夜は気仙沼から送られてきたさんまをバーベキュー、
松森一家と飲む。


9月10日  "Stornoway"


朝、金沢さんのうちに行った。今後の制作の協力を依頼する。
午後からさっそく石をハイラックスで運び、切ってもらう。運ぶ帰りにダンプを借りてゼックス用の石をもうひとつ運びこんだ。これで、明日から光州一高に贈呈する作品の制作に取りかかれる。午後は雨だったが、日暮れ前に道路際の草を刈る。

ケイトからメールでストーナウェイのコンペがだめだったと聞いた、どうせ、ほとんどボランティアに近い仕事になりそうだったのでとれなくともあまりがっかりはしなかったものの、その順番がよくなかった。彼女はその結果についてのニュースをインターネットで偶然、発見、一週間前にすでに発表されていたというのだ。それまで早く結果を教えて欲しいと何度も担当者に聞いていたのに、まだですまだですといつまでも延び延びでさっぱりはっきりしなかったのに。
このコンペの仕事をやるやらないで今年の秋の予定が全然変わってしまう可能性があったのだ、ほかの仕事の段取りがつかないからだ。
それにしても彼女、かんかんだったな。当然だけど。さっそくメールを打ったら、担当者から返事が来たらしい。担当者の言い訳がまた利いている、たらたらとああだこうだとほかの部署が悪いと、自分勝手な言い訳を延々と聞かされたらしい。

9月8日  "Harry Potter"

に斉藤君が来る。
スタジオでペニンシュラプランを考えているときに、なんとなく眺めていた、ケイトのジグザグ作品からヒントを得て、扇子をモチーフにすることを思いついた。日本的で動きのある形ができそうだった。
さっそく発泡スチロール模型をいくつか作ってみる。これならいけるかも!模型の写真を撮影して担当者に送理、感想を尋ねる。
よし、やった。いけそうだ。

四時にアートショウの打ち合わせに盛岡の若松設計事務所に行く。
久しぶりでゆっくり若松さんと二人でしばし話をする。遅れて長瀬君と小田島さんが来る。次回の実行委員会の打ち合わせ。
帰り、夜、ひとりでラーメン食べてハリーポッターみて帰る。
面白かったな。映画館はやっぱりいいな。ナイトショウなので安かったし。



9月7日   "Still Jet lag"

四時に目が覚める。
珍しく岡田がもう仕事を始めていた。

シベラ、ジョンや真鍋さんに彼らからもらっていた長いメールの返事をやっとを書く。
特に真鍋さんからはオーストリアにいたとき、アンナに会ってことに関連して、いじめの問題がらみのお互いの子どもの将来について長いメールをもらっていた。やっと書き上下、送信する。

午前中ずっとペニンシュラ・プランを考える。リビングの作品が決まらない。難しい空間だ。三次元的なもの、いかにも彫刻的なもの、日本的なもの、しかもモダンなもの。
そんなのあるの?

今夜台風がきそうだ。

9月6日   "Another Day"

のう夕方五時に布団に入ったきり、あさまで?寝てしまった、
しかし起きたのは一時。だんだん早くなる。
おかげでいくつかデスクワークをこなし、朝早く草刈り。スタジオ周りをすっきりさせる。
我が恩師、諏訪の横沢さんに電話をして久しぶりに近況報告をしてから風呂に入った。
横沢氏とはオーストリアのバーデン市立病院庭の設計と製作を行った、二十年ほど前のことだ。来春病院の新設に当たり、庭が取り壊されるのだが、建築家たちが作品を気に入ってくれていて、市の郊外の公園に移設することになっている(今回場所をマリアと一緒にみてきた)、で、もしかしたら、来年横沢氏と一緒に出かけることになるかもしれないと言っておいた。

ペニンシュラプランを進める。スタジオを行ったり来たり。少しずつプランをまとめる。
十時に寝る。


9月5日   "Start Working"

日は二時起きだ。
しかし三時まで雑誌を読む。朝早く起きてケイトに電話、しばし世間話をする。
子供たちの学校も次第に担任と話が進むようになって、ことが進まず焦っていたケイトの気持ちもだんだんと落ち着いてきたようだ。
九月から石屋さんの一角をスタジオとして借りたものの、材料(大理石をさがしているのだ、砂岩ならいくらでもある)が見つからず、道具などの制作環境が整わず、しかも学校の方もエミリのカリキュラム選択など問題が山積みなのだそうだ
エジンバラでもやっときょう石(大理石かな)が手に入り、道具もなんとか調達できそうらしい。私がインターネットで見つけたWEHA(ドイツの道具メーカー)イギリス代理店とケイトの見つけた店は同じ会社だったようだ。彼女はいくつか道具をもう頼んだそうだ。
エジンバラに送る荷物をやっとこさまとめ、午後イチで送る。インスタントラーメン送るのに送料一万九千円近くかかったが、この際かまわない。
午後にスタジオで今度の仕事用に、手持ちの伊達冠石の中から適当なものを準備する、何枚もの石板の下になっていたがフォークリフトで引っ張り出す。ついでに石置き場の周辺の草むしりをする。この夏十一回も手を入れていなかったようで、ジャングルのようだ。どこに何があるか分からない。おかげでくたびれて五時に寝る。


9月3日   "Press Release"

一時に目が覚めた。
あまりに早いのでなんとか三時まで寝ようとしたが、うつらうつらとしただけ。三時にはもうあきらめて布団から起きて、風呂に入ったり洗濯をしたり、協会の領収書の整理などをしてから、八時過ぎには銀行へ向かう。
しかし八時四十五分にならないと払い出し手数料を取られるということに気づき、金沢さんのところへいって時間をつぶそうとしたが、みんな建て込みに出払っていて一人しか残っていなかった。

でもゆはず交流館に日本語教室の部屋の使用許可を出してから、岩手銀行にいったらちょうど九時になっていた。その帰り足で北日本銀行にいって、郵便局にいって、用事を足、川口の熊谷技術サービス、小型機械に溜まっていた借金の支払いにいった。十一時過ぎに浮島に帰ってみると、藤村さんが自分の弁当屋で作ったうなぎを差し入れ。ありがたい!
午後、ハイラックスの新らしいタイヤを二本頼みがてら、一方井自工に支払いにいく。
そのまま、西根のマックスバリューにラーメン買いに行き(エミリがエジンバラで盛んにラーメン食べたいといっていたので送ってあげるのだ)、ついでにエミリに頼まれた漫画もとなりの本屋で買う。しかしハガレンがなかったので西根町の本屋にいってみるが、そこにもなかったので岩手町のふじ金まで戻っていって買った(これで送るものはだいたい全部そろった)。
夜、ケイトと電話で、関ヶ原トレーディングからどの大理石買うかのうち合わせ。今年の二月に名古屋いったときに候補の石を二つ選んでおいたのだ。
彼女とさらに今後の仕事、プロジェクトスケジュールの確認。今年は目が回りそうなくらい忙しい(貧乏暇無しとはよく言ったものだ)。
今日は一日中蒸し暑かった。夜も寝苦しい。十時に寝る。

9月1日   "Kohkaido Art Show 2007"

に百瀬さんから電話が来た。いまちょうど石神の丘美術館にいるという。岡田君に迎えに行ってもらい、二人で一緒に、盛岡八幡宮の喫茶店で公会堂アートショウの打ち合わせに出かける。
若松、長瀬、小田島さんたち、久しぶりにみんなと再会。その後、結局また百瀬さんに付き合い、アートデューンの原さんと焼き肉屋で二時間ほど話す。
夜はまた百瀬さんに誘われて石井県令邸での展覧会オープニングに出席、油絵とおもしろいセラミック作品の二人の若い作家たちの展覧会だった。そこで岩手大学に通っている、大蔵山の直ちゃんの娘の晶子ちゃんに二年ぶりで会った。



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