HOME

うきしま

新・浮島日記

西暦2007年(平成19年)

8

文中、たまに敬称略で失礼!


8月31日  "Sleep"
浮島に帰ってすぐ風呂に入って朝飯を食べ、一眠りしたら午後四時まで八時間寝る。後は一日中デスクワーク。山のような書類の整理と経理の処理。

8月30日  "Tokyo Meeting"

休む間もなく東京戻る。

夕べは徹夜で麻布プロジェクトのプランをまとめメールする。
朝になって少しだけ寝るのも面倒くさかったので、そのまま出発、朝五時、岡田と二人で車で東京へ向かう。
七時間かかって東京に入る。
まずは二時に愛宕グリーンヒルズで塩見さんと待ち合わせ。以前作った噴水作品の補修作業。
それから四時にペニンシュラホテルでの打ち合わせ、デザイン総括責任者の建築家ジョン・ミラー氏と会う。日比谷スウィートに入った作品が小さいというので、部屋の空間をみながら新たに作品を二点提案することになった。



その後六時にアートフロントギャラリーで来春代官山フォーラムでの個展の打ち合わせと会場を見学、さらには新浦安プロジェクト作品の打ち合わせ。
最後に恵比寿のスピンオフで八時からXEX東京の打ち合わせ。
最後の最後に、塩見さんと三人で恵比寿のそば食って十時半の東京出発、朝五時に浮島到着。

長い一日だった。
飛行機の中でもあまり眠れなかったので、結局三日間寝てないことになる。四日間で合計2時間の睡眠だった。

8月29日  "Back in Ukishima"

24時間以上かかってやっと浮島に着く。途中、仙台駅のプラットホームで父と母が出発前に預けておいた書類を持って待っていた。

いわて沼宮内の駅では留守番の岡田君が迎えにきていた。

8月28日  "From Home to Home"

朝4時半に起きる。昨日頼んでおいたタクシーでエジンバラ空港へ。家族との別れを痛む。今回は特に悲しかった。別れ際に絵美理がひとこと、お父さん来てくれてありがとう、だって。
なぜかもの寂しい。

8月26日  "Orpheus"

レナとマティアスがアバディーンに行った。
レナと話したかったが話をするのが難しい。とりあえず、ゆっくりゆっくりスタート。また話をする機会があるだろう。

夜ケイトと二人でおでかけ。「オルフェウスX」を観る。主演の丸坊主のポップスター役が恐ろしく声がいい!いや3人とも良いのだが、それでも途中寝てしまった。ちょっと展開が退屈だったなと思っていたら、しかし、あとでケイトと劇場のバーで飲みながら話していたら実は結構面白い劇だった事に気が付く。オルフェウスの物語をかなりシンボリックにアレンジしていた。言葉が聞き取れなかったので、私にはニュアンスが分からなかったのだ。予習をして、当日気合いを入れて見ないといけないたぐいのピースだな、これは。

しかしその後、十時から行った、友人アンドリューのプロデュースしているキャバレーショウが傑作だった。ゲイシャとブトーを組み合わせたダンスなどが出てきたり、五組ほどの出演者が短い出し物を交代でやっていた。
アンドリュー自身がゲイなので出演者は女性以外はすべてゲイ、かな?あんなにたくさんのゲイの男の子と話した、会ったのは初めてかも。それにしても、恐ろしくセクシーだったな、みんな。その後そのまま流れてみんなとアッセンブリー・クラブバーで飲む。とても楽しかった、楽しかった。

8月25日  "Romeo and Juliet"

子供たちとみんなで「ロミオとジュリエット」ロックバージョンを観る。まあかわいいものだ。それなりに楽しめる。帰りにウ゛ォーダフォンで子供たちに携帯を買う。どのメーカーにするか迷ったが、そう、ボーダフォンにしたのだ。家族割引があるので。帰ってからも子供たちは携帯の操作に夢中だった。

8月24日  "Break out"

うちに泊まりにきていたレナとマティアスを連れて、エジンバラ・フェスティバルのフリンジで「ブレイクアウト」を観る。韓国のグループによるコミカルなタッチのダンス・パフォーマンス。去年は「ジャンプ」という大ヒット作をやった。今年はブレイクダンスをテーマにステージを飛び回っていた。ダンスのうまさは超一流。ストーリーがちょっとかったるいかな。

かえりにブラウンに行ってみんなで夕食。

レナは、7月にエマニュエルと訪ねていった、ドイツのコーネリアの娘。二十年ぶり、しかし、私の記憶の中の小さな少女の面影はそのままだった。今年の夏からアバディーンの大学で半年ドイツ文学の勉強する。ボーイフレンドと一緒にうちに遊びに来ている。

8月18日  "Party"

エジンバラの港町、リースに住む友人チャ−リーのうちで雨の中バーベキュー・パーティー。彼ら夫婦は揃って建築家。数年前に古い家を買い修理しながらすんでいたが、去年やっと完成した直後にボヤを出して家の半分を黒こげにしてしまった。しかし今年までに何とか修復完成させた。

バ−ベキューは、雨のなか、何度か火が消えて煙だけがもくもくと上がっている。好い加減諦め得て、結局うちの中のオーブングリルでほとんど焼く。他の建築家仲間も集まり楽しいパーティとなった。

夜はケイトの兄グレアムのう
ちでディナー・パーティ。彼の作った得意の料理をさかなに数人の友達と夜遅くまで飲む。

8月17日  "エジンバラ散歩"

ケイトのいとこ、フランキーのアパートに下宿しているチェコの若い二人の作家とエジンバラ市内見物。子どもたちも一緒に昼食する。若くて美しい2人の学生と話をするのはとても楽しかった。食後、散歩がてらに公園の中やクラフトの露店などを見て回るが、これはおそろしくつまらなかった。昼はフランキーのおごりかと思いきや、割り勘の食事。映画を見て帰ろうと思ったが時間が合わずまっすぐうちに帰る。

8月16日  "From Wien to Edinburgh"

今日パナマに行くペーターと一緒にウィーン空港に行くつもりだったが、彼の便は朝七時だったので、彼一人タクシーでさきに空港へ、出発前の朝五時頃、彼は私の寝ている部屋に来て挨拶していった。今度会えるのは来年かな。

私がゆうべ寝たのはどうも2時半頃らしい。あのロックオペラは二日酔いものだ。またマリアに送ってもらった。彼女も今日はペーターのうちにお泊まり。昼過ぎにまたまたマリアに空港まで送ってもらい、ウィーンからエジンバラに帰る。

バスで市内に入る。ウェンブリー駅前終点のバス停には、ケイトと子供たちが待っていた。一緒に話をしながらタクシーでフィンドホーンのアパートに帰る。きょうは、やっぱり、フィッシュアンドチップス!


8月15日  "Wien day3"

久しぶりにウィーンの芸術歴史美術館にブリューゲルを見に行く。なめるようにじっくりとブリューゲルを鑑賞。
フェルメールもあった。フェルメールはとても現代的な感性に改めて感激。フェルメールのあとでベラスケスやレンブラントを見たらあまり感じなかったな。

ペーターたちと合流して、アルベルティーナでドイツ・エクスプレッショニストのキルヒナーらの「ブリュッケ」展。萬鉄五郎を思い出して面白かった。 ウスロー以外のペーターと子供たちと、映画館で「シンプソンズ」を見るが、ドイツ語でやっていたのせいか私は途中で寝てしまった。

夜はマリアも来てガストハウスで食事、 食後、ひさびさに「ポギー・アンド・ベス」に行く。一流のジャズをきくつもりがキャバレー風のロックオペラをやっていた。最悪。


8月13日  "Wien day1"

久々にリンダブルンを見に行く。
石の色合いも落ち着き、芝の手入れもよく公園としてはとてもきれいでよく整備されていて感心した。シンポジウムハウスに行くと、現
在のオルガナイザーのハンスがいた。なかでコーヒーをごちそうになりながら少し話をする。


夜はウィーンにでかけ、ジョセ、ジャスティン、アルネ、ハゼム、バーバラ、アナシャー、エルマらと再会。ぶらぶらしながらラットハウス(市役所)前のオープンカフェで飲む。大スクリーンでオペラをやっていた。

帰りにアナーシャたちの泊まっているホテルのバーに立ち寄り、みんなでシーシャ(水たばこ)する。もう一軒バーに寄ってからマリアとフェスローに帰る。


8月12日  "From Krastal to Bad Voeslau"


クラスタル・シンポジウム参加作家での記念写真

マリアの車で、エミを乗せ、一路バッドフェスローへ。


途中マリアサールでマイナのインスタレーション作品を見る。


8月11日  "Conference#2"


コンファレンス二日目。午後からパネルディスカッションをする。


シンポジウムとコンファレンスをドイツから見に来た彫刻家のトーベ一家、彼は以前クラスタルのシンポジウムに参加している。

そしてやっとクロージング・パーティ。200人以上の人が雨の中訪れた。我々はライブのバンド演奏で踊りまくる。

雨の中、4週間続いたシンポジウムがこれでやっと終わったのでした。

レバノン・ラシャーナ・シンポジウムのアナーシャとエルマ


ノルウェーのオズ・シンポジウムのマネージャー、ジャスティンとアルネ。


最後の発表者、クラスタルシンポジウムのオルガナイザーたち。
代表のミヒャエル、そしてシベラ。


同じくヘルムット。


同じくマックス

8月10日  "Conference#1"

「国際彫刻シンポジウムについて」コンファレンス初日。


会場風景。あまりにも参加者が少ない。


開始間際に機器のセットアップに追われる。

基調講演する美術評論家のシルビア。


一番バッターの私はシンポジウム運動の全般的な紹介と岩手シンポジウムと日本のプロジェクトを紹介


チェコのホリーチェ・シンポジウムのオルガナイザー、


エジプト、アスワン・シンポジウムのアートディレクター、ハゼム・


ポルトガルのマネージャー


ドイツ、ベルリンでシンポジウムをしているルドルフ・カルテンバッハ。


クロアチア・ラヴィンのシンポジウムのオルガナイザー


遊びに来ていた小野崎君


8月9日   "Eileen"

古い友人の、アイルランドの彫刻家アイリーンが、クラスタルにひょっこり遊びに来た。彼女とはスコットランドのラムスデン、スコティッシュ・スカルプチャーワークショップ、のシンポジウム、仙台シンポジウム、田原シンポジウム以来。

8月8日   "Setting"

今日は作品を石切場の作業所から下のシンポジウムハウス脇の展示スペースに下ろし、並べる日。トラックで10分程度の距離だが夕方までかかるかな。
マックスと二人で積み卸し作業をする。


ヘルムットとトラックの運転手と三人で私の作品設置。

8月6日   "Krastal 0806"

朝久しぶりにシャワーを浴びて、コーヒーを一杯。あとはこれも久しぶりにケイトに電話。外でルドルフがうろうろしていた、電話待ちしているのかと思って、適当にいい加減待たせておいた。石切場に行くのか、と聞くのでいや今日は行かないよと言うと、そのうち行ってしまった。が、後で考えるとどうも私を待っていてくれたようだ、悪いことしな。

昼までずっとシンポジウムハウスのキッチンで、パソコンで作品の設置合成画像の制作、レクチャーの練習、スライドの整理をする。今夜はアルミンのご招待でサーガにいく。いま外で隣のブロンドのナイスバディの奥さんがビキニで芝生刈り機を走り回っている。とてもいい眺め。


8月5日   "Week end"

十時頃に起きて、ユルゲンと朝食、しかし私は胃が重く食欲が無かった。センメルサンドイッチを作ってとりあえず街に展覧会を見に出かける。

結構色々あった。ラリサと昼飯食べてシュピタルの駅まで送ってもらう予定だった、彼女は忙しくて、結局、ずっとユルゲンと昼ビールを飲んでおしゃべり、彼に駅まで送ってもらった。

そこからヴィラッハまでは汽車で20分足らず、あっという間だったので、ヴィラッハのキルヒターク最終日を見て回る。特にこれといって面白いこともない。出店、飲み物食べ物やだらけ。仮設の遊園地で女の子たちがぐるぐら空中を飛び回る乗り物で悲鳴を上げていた。

日曜日なのでバスもなく、まあ、時間はあるので歩いていこうと駅から早速適当な方向を目指した出かけるが、一時間以上歩いても今ひとつなじみの風景に出会わない。方向は合っているはずなのに。心配になってまた一時間駅まで戻って地図を改めて見たら、やっぱり方向が違っていた。

いい加減歩き疲れたのでタクシーでシンポジウムハウスの近くまで行ってから、みんなに見つからないように降りてからとぼとぼとまた少し歩いて到着、みんなにはずっと歩いてきたと言っておいた。どうせ同じくらいの時間はひたすら歩いていたのだからまんざら嘘ではないよな。


8月4日   "Krastal 0804"

夕べ、ヘルムットから土曜日だが、朝七時にヘルベルトが来ると聞いていたので、七時半頃に歩いて石切場へ行く。

ちょうど、マックスの石をひっくり返すところで、ついでに台座石をひっくり返してもらい、作品を仮置きしてみる。今ひとつ作品と台座のプロポーションがしっくり来ないが、少しずらせば良いかもしれない。昼過ぎに台座の整形と磨きを終え、サインを入れてとりあえず完成。石切場のてっぺんまで散歩してみる。すごい眺めだった。しばらくそこでぶらぶらと下で制作するみんなやひとたちをぼんやり見ていた。

夜はグムントへフェストに出かける。ラリッサの展覧会を見て街の中心にあるお城に上って夕食。あとはラリサとビルギットとユルゲンとユルゲンのレジデンスで朝の三時までお茶をする。そのままバタンキューだったが、久しぶりに吸ったたばことグラスのせいで一晩中夢にうなされていた。



うきしま

「新・浮島日記」

バックナンバー



TOPに戻る

HOME