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うきしま

浮島日記

その74

西暦2006年(平成18年)

6

文中、たまに敬称略で失礼!


6月28日(水曜日)「佐藤氏お別れ会」の巻
作品が完成したので佐藤氏は明日アテネ経由で帰国の途へ。私は一人おいて行かれる。夜、アヒリオンでヨシス夫妻とバジリス、店主ディノスとわいわいとお別れ夕食会をした。終わってから港へ行って作品の前で記念撮影、浜のカフェで特大アイスパフェを食べた後、解散。私はバジリスと近くのバーで寝酒を飲んでから帰る(HK)
6月27日(火曜日)「佐藤作品設置する」の巻
十二時から作品設置すると連絡を受けていたが、ぼちぼちと人が集まってきて昼過ぎから始まる。1トン半のトラックに作品を立てて積んでいくというのにはあきれたが、一度やってみたらさすがに彼らも無理だとわかりフォークリフトにくくりつけて1キロほど先の設置場所である港に運び、三時間ほどかかって取り付けた。(HK)
6月26日(月曜日)「制作時間」の巻
今回のレジデンス制作は朝八時から十時の朝食まで、1時間ほど休んで、午後二時の昼食までもうひと仕事。昼は四時間ほど休んで昼寝などしてから夜六時から九時まで作業、このときが一番涼しくてはかどるのだが、海水浴客の往来も多い。後は海でひと泳ぎかシャワーを浴びるかして夕食を食べながら、夜中の十二時頃までアヒリオンで飲んでいる。(HK)
6月25日(日曜日)「沈む夕日でビール」の巻
昨日きょうと週末はお休みにした。40度を超えた暑さの中、朝から夜中まで浴びるようにビールを飲む。朝、8時から海水浴客が来ていて、夕方、5時過ぎからまたどっと海水浴に来る。(HK)
6月24日(土曜日)「アマリアーダ・フェスティバル2006」の巻
きょうはビーチ広場の仕事場のすぐ隣に特設ステージができあがり、夜にはコンサートとなった。はじめ子供たちの踊りと歌はとてもよかったが、大学生バンドがでてきたときには、あまりのひどさに退散。(HK)
6月23日(金曜日)「ひっくり返す」の巻
今日はフォークリフトが来て私の石をひっくり返す。佐藤さんの石を台座の上に乗せる。裏側はだいたい荒取りが終わり、今度は反対側からまた彫り始めた。熱波が来ているのでここ数週間は暑いけどその後いったん落ち着くだろうとのこと、そのころにはもうギリシャに居ないよ。暑い暑い!!昼は仕事場近くのジョージのレストランデイかとタコのグリルを食べる。マスタードソースでうまかった。ジョージは船員時代に日本に何度も行ったことが去り片言の日本語をしゃべる。ヨシコちゃんにまた会いたいとか言っている。(HK)
6月22日(木曜日)「日本対ブラジル」の巻
ワールドカップ日本対ブラジル戦。早々とレストラン・アヒリオンの大スクリーン前に佐藤さんと二人で陣取ってテレビ観戦。レストランのバイトのパシリスはウエイターしながらもブラジルを応援。日本のカミカゼ奇跡を期待したのだが、結果は4対1と惨敗。予想通りかな。(HK)
6月20日(火曜日)「初の二日酔い」の巻
二日酔い。ビールにワインにウイスキー、それにウーゾをチャンポンにしたせいかもしれないな。作業はしていたものの一日中気持ち悪かった。気のせいか今日は特に暑い。摂氏38度いったらしい。しかし、そんなわたしを尻目にクルタのビーチは毎日家族連れ、カップルで賑わっている。あまりに暑いので昼食前に泳いだ。気持ちよかった。(HK)
6月19日(月曜日)「仕事始め」の巻
満を持して今日から作業開始。とはいえ、とりあえず今週は8インチのダイヤカッターでがんがん切り込みひたすら穴を切り抜く、彫っていくのみ。朝7時スタート、十時の朝ご飯を挟んで二時まで続け、昼食後五時か六時から九時まで作業が続く。夕食は十時から十二時頃まで。仕事が終わってひと泳ぎ。夜はヨシス宅でバーベキュー。バジリスも来る。深夜、バジリスとクルタのバーに飲みに出かける。DJがガンガンと音楽をかけていた。(HK)
6月17日(土曜日)「日本食パーティ」の巻
アマリアーダのヨシス宅で日本食パーティをする。私と佐藤さんとでちらし寿司、天ぷら作った。スーパーで買ったエビ、イカ、カレイなどをメインに日本から持ち込んだインスタントで味付けし、三時間ほどかかって体裁を整えたが、ご飯がうまく炊けず、煮えてなかったところや芯が残ったりひどいものだったが、酢やふりかけをかけてごまかした。異国での日本食料理には一応なれているので、こういうごまかしは得意だな。しかしゲストにはとても好評でした。それにヨシスがちょちょっと、オリーブの枝でバーベキューした肉が最高においしく、大満足。(HK)
6月16日(金曜日)「大理石到着」の巻
ギリシャにしては珍しく予定より三十分早く石がアテネから届いた。三十トンのクレーンで作業場にセットする。

2.5mx1.7mx0.6m 重量8.5tの大理石

最後に日よけの小屋を建てて、できあがり。写真左は10日ほど前からきて作業している佐藤健太郎氏。佐藤さんは、英語ができないから大変だといいながらも、ちゃんと仕事も生活もこなしている。しばらくは我々二人だけのシンポジウムだ。ギリシャの作家7人は7月1日から現地入りするそうだ。(HK)
6月15日(木曜日)「オリンピアへ」の巻
アマリアーダからオリンピック発祥の地、オリンピアまで三十キロ。ヨシスのアルファロメオで30分足らず。バジリスを通訳につれて三人で観光に、そこの有名な博物館見学に行く。写真左は「ヘルメスと赤子のディオニソス」。午後は昼寝する。明日、私の石が来るそうだ。道具の手配もしてもらう。(HK)
6月14日(水曜日)「アマリアーダへ」の巻
時差ぼけで朝の四時に目が覚める(?)洗濯や地球の歩き方などを呼んで時間をつぶし、8時ごろ朝食を探しに浜辺のカフェに行く。10時に副市長のヨシス氏(写真左;右は市長室長のバジリス、通訳をしてくれる)が迎えにきた。これから毎日食事する海辺のギリシャ料理専門レストラン「アヒリオン」(写真右)に行く。
朝食後は市役所でアマリアーダ市長(写真左;私の作品集を記念に進呈中)に挨拶したりテレビのインタビューにでたり。市役所でうろうろ、午後はホテルに帰って昼寝する。ギリシャの夕食は十時から。一時頃までヨシ夫妻、佐藤氏と「アヒリオン」で飲む(HK)
6月13日(火曜日)「ギリシャへ」の巻
代わりに日本航空の飛行機をあてがわれ、ローマ乗り継ぎの予定がフランクフルトへ行くことになった。それでもアテネ着は結局ほぼ予定通り(一日遅れの)夜中の十二時。空港にはアマリアーダ市役所からの迎えが二人きていた。アテネから4時間ほど車で西へ、アマリアーダ市内、宿泊先の閑静な滞在型ホテル「クロタス・ビーチ・ホテル」に着いた。(HK)
6月12日(月曜日)「成田で」の巻
朝イチの新幹線で成田入りしたものの、二時出発予定のアリタリア航空便のコールがなかなかかからない。出発予定時刻間際にやっと二時間遅れの案内を受けたが、結局キャンセルになってしまった。エンジンに鳥が飛び込んだという。航空会社の準備したホテルに落ち着き、ビール飲んでぐっすり眠る。(HK)
6月11日(日曜日)「またいとこ来る」の巻
唐桑の又従兄弟、三浦さんがひょっこり家族で遊びに来る。絵美理が娘さんの梢ちゃんととても仲良くなった。(HK)
6月8日(木曜日)「完成」の巻
朝6時半に飯田橋のホテルを出発。7時45分から作業場の朝礼、新規入場者講習、足場の組み立て作業は9時過ぎから始まり結局石を立てたのは4時過ぎとなった。なんとか、陽のあるうちに終了。雨がぽつぽつと怪しい空模様だったが、最後まで持ってくれた。夜の新幹線で盛岡まで、あとは車で浮島に帰る。くたびれた。水出しは今月末の予定。私は居ないのでケイトに代理で行ってもらう。(HK)
6月7日(水曜日)「前夜」の巻
明日の設置に向けてやっとこさ、噴水が完成。予定の時間を過ぎてクレーンとトラックを待たせていての仕上げ作業だった。もう暗くなる寸前。このまま、夜の新幹線で東京に向かった。ホテルに落ち着いたのは夜の一時となった。熟睡。(HK)
6月4日(日曜日)「運動会」の巻
浮島小学校運動会。潮音の応援団長。朝から準備でかけまわる。(HK)
玉転がし 定番、浮島剣舞の衣装姿の子どもたち。
6月2日(金曜日)「シナモンの墓」の巻
我らが愛犬シナモンが先月24日に永眠。享年16才。今日は子どもたちと庭に作ったシナモンのお墓の回りに一杯花を植える。(HK)

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